菊乃流サイトをご覧になる上で知っておくと楽しさが倍増するまめちしきです。
置屋(プロダクション)で仕込みさん(舞妓さんになる前)と舞妓さんはこちらで生活をします。
舞妓芸妓を呼んで芸を観たりお酒を頂いたりする処。
仕込み期間を経て舞妓になるお披露目、デビューです。当日は料亭に挨拶廻りをしたりお姉さんとお盃をかわします。
舞妓は振り袖にだらりの帯、こっぽりを履き自毛で結います。髪は何日間かは崩されないので高枕で寝ます。芸妓は鬘になり袖も短くなり帯もおたいこになります。
芸妓を引退する時の挨拶廻り。結婚や他の仕事につき、一ツのターニングポイントになります。
芸妓としてのお披露目。芸妓になる時期は20歳過ぎからで舞妓の期間が5年程経ってからです。芸妓になったら芸をより一層磨き接客の巧みさなど要求されます。
初めまして菊乃です。友人達の協力もあってこの度めでたく、菊乃流をこけらおとしする事ができました。おおきにぃ。当サイトは、こだわりをもって今後も月三回の更新を目標に末長う続けて行きたいと思うてます。皆様にええ情報を提案し創って行けたらと考えてますねん。今後のサイトは和小物や奈良の情報も入れて盛りだくさんに仕上げます。みなさんどうぞご贔屓にぃ 。
現在、鼓・日本舞踊・書道・三味線・笛を稽古中
明治初年花街として出発。明治44年元林院町検番設置。大正年間には置屋十二軒に増え昭和にかけ芸妓も二百人を数えるぐらいになるが四十年代半になると元林院の衰退が始まり現在置屋は三軒、芸妓数は十三名。
元林院という寺院は興福寺の別院だったと言われ創建時期は不明。地方から出てきた人たちの宿所だった。興福寺別院の元林院は1532年で焼失しその後再建されずこの頃から奈良の他の町と同様町人たちが移り住み元林院町の歴史の始まり。江戸時代には竹坊と称する絵師たちが工房を構え絵屋町を形成。別名絵屋町と呼ばれる。